山崎幹夫の各種センサー

8mmfilmの情報を提供&映像制作ノートとして始まったが、8mmfilmの死去で路上観察ブログになり、現在はイベント告知のみ

『ロビンソンの庭』残響

けっこう言いふらしたことだけれど、私が参加して完成した段階での「決定稿」は、主人公が男だった。
なのでラストの方が異なる。おじいちゃんの幻影など登場してはこない。だからメルヘンチックに月を見上げて、そこにハムザ・エル・ディンの音楽がかかってくるシーンもない。主人公の最後は、廃墟から逃げ出した男がフラフラと地下鉄のトイレに入っていき、水道水をむさぼるように飲むシーンだ。
私がこのことをバラしたことで「なるほどっ!」と思ってくれた人が、この銀河にひとりぐらいいたとしたら幸い。なぜ主人公が農耕を始めるかという答えがそこにある。農耕というのは反自然的な文化(生き方)であって、これは男が発想して行動する行為だ。前半の展開はことごとく男性的な行動なのだ。
しかしそれを違和感なくやってしまったところに、主人公を演じた太田久美子さんのたぐいまれなキャラクターがある。例えばこの主人公が、この作品のなかで唯一セリフが聞き取れる(ファミレスのシーンで登場)室井滋さんが演じたと想像してみればいい。
ね、どうということない映画になってしまうでしょう。