PKD『銀河の壺直し』
サンリオSF文庫版152ページ
「地球にいたころ、いつだったか、ぼくにも奇妙な経験があるんだ。ごくささいなことなんだけどね、食器棚からカップを出したんだ、めったに使わないカップだったよ。カップの中に、蜘蛛が入っていたんだ、死んだ蜘蛛が。食べるものがなくて死んだんだけれど、その蜘蛛はカップの底に巣を張っていたんだ。その状況の下でせいいっぱいの巣をね。ぼくはそれを見たとき……カップの中で死んでいた蜘蛛と、頼りなく絶望的な巣を見たとき、蜘蛛にはチャンスがなかったんだなと思ったものさ。いつまで待ったって、ハエ一匹飛んでくるばずはなかったんだ。蜘蛛は待ちながら死んだんだ。その状況下で最善をつくしたんだろうか? むだだと知っていて巣を張ったんだろうか」