山崎幹夫の各種センサー

8mmfilmの情報を提供&映像制作ノートとして始まったが、8mmfilmの死去で路上観察ブログになり、現在はイベント告知のみ

『往復V』のシメを考える

今日は朝から夕方まで阿佐ヶ谷美術専門学校で1年生の映像制作のサポート。
ほとんど頼りにされることなく、トラブルも発生しなかったので「学童クラブの指導員をやっていたときに、校庭で遊ぶ子どもたちをじっと見守っていたような感じだな」と思う。そうしてアタマのなかでは『往復V』の最後の部分をどうするかと考えていた。
明るく終わるか、絶望的に終わるか。その中間でいくか。
『往復III』も『往復IV』も、最後は明るい調子にしている。それはどちらの作品も立ち上がりと途中がとても重苦しかったからだ。『往復V』は明るい、とは言えないまでも、淡々とした、ひょうひょうとした諦念の映画になっている(と思う。つなげてみてみるとまた違うかもしれないのだが)。
ここ何日か『往復V』の最後をどうするかを考え続けていた。そのなかで、今日まではインドポップスの金字塔、ラタ・マンゲシュカールの歌で最後をしめようかと思って、選曲に取りかかっていた。
しかし今日、若者たちがぎこちなく、しかし夢中になって映像をつくっているさまを目にして、気持がふと変化した。あれでいこう。また、私がギターで歌うパターンで。
歌は豊田勇造の『行方不知(ゆくへしれず)』がいいかな。
それはこういう歌詞です。

残り火には水が打たれ 何もかも終わったのに
まだ物欲しそうな顔で 何かを待っているおれ
夕焼けはすっかり西に 夜明けにはまだ少し
踊らされすぎた魂に しばらくのやすらぎを
終電車に乗って帰れよ 待つ奴もいない部屋へ
それは確かにブルーズ だがなにかがあるようだ
バベルの塔のようにガラガラガラガラ 足もとから崩れていく
だがおれは余分な力ぬいて 横になるのがいいだろう
ひとりぼっちのふたりっていうのは ディランの歌だけど
選ぶことが捨てることでないように するにはどうすればいい
舞台で歌を忘れた男に 助けをやるのはよしな
ピエロが仮面を落としたときは 素顔で笑ってもらえ
おれはちっぽけな男でけっこう 裏切り者と呼ぶがいい
ピエロの出番は終わったのだ すべてよ歌い手となれ
いつか心が霜に 体が塵に変わるまで
世のあらゆるものとともに この命まっとうしたいけれど