山崎幹夫の各種センサー

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『もう夜』ノベルその10/夜長姫の誘い


以下は6月15,16,23日にラ・カメラ@下北沢で上映する新作短編映画『もうすぐ夜がやってくる』のノベライゼーションで、全部で10回の連載になる予定のものです。上映会のくわしい情報については、こちらの記事を参照ください。
本日の記事で10回の連載は終了ですが、じつはもう一本、文章があります。それはラ・カメラに来場いただいたことがある人はおわかりでしょうけれど、来場者に配っているA4一枚の印刷物があり、そこに書いてます。

「さあ、もうすぐ夜になるよ」
昼の不機嫌さから一転して、にこやかにペウレプはルカニに手を差し出した。
なんなんだこの女は、重度の低血圧か?とルカニは内心思う。それとも、この入間川の河辺に何か秘密があるのかもしれない。前にもあった。チェプキという女は、俺が髪を触ったとたんに豹変して俺をなじり、そこらのモノを投げつけてきた。そうだ、そうかもしれない。
夜に元気になる姫。
そう言えば夜長姫ってキャラがいたな。
キャラなんて言うとアニメか何かみたいだけれど、小説だ。坂口安吾の『夜長姫と耳男』というやつ。
耳男は仏像彫刻をする醜い男で、夜長姫はその男を導くミューズみたいなキャラだったっけ。
仏像彫刻を映像製作に置き換えて、俺とペウレプの関係にあてはめることができるのかもしれない。
耳男はこれまでにないような仏像を彫るために、ヘビをつかまえて首を裂き、その生き血を飲んでヘビの死骸は部屋に吊るしたという描写がある。そういえば、もうフィルムでの製作はしていないけれど、フィルムを編集するときに部屋中にカットの断片を吊るしていて、それを『夜長姫と耳男』のヘビの死骸みたいだと思ったことはある。
耳男は最後に夜長姫を刺し殺して終わる。
そう言えば、またあの匂いがするな。夜の住宅地の匂いとでも言っておこうか。
なつかしくて、胸が詰まってくるような匂い。
脳のなかの仕事分担の配列では、記憶の領域のすぐそばに匂い解析の領域があるそうだ。それが匂いと記憶が密接に結びついていることの説明になるらしいけれど、そんなことはどうでもいい。
忘れていたことをいろいろ思い出すと、あふれ出す記憶に現在の自分が押し流されて、自分がすこしばかり溶けていくような気になる。
それはわりと気持ちいいことだ。
次の曲がり角で怪物に遭遇して、頭から丸かじりされようとも、目をつむってその事態を受け入れられそうな気がする。