山崎幹夫の各種センサー

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『もう夜』ノベルその4/アイヌ語の染みた地層


以下は6月15,16,23日にラ・カメラ@下北沢で上映する新作短編映画『もうすぐ夜がやってくる』のノベライゼーションで、全部で10回の連載になる予定のものです。上映会のくわしい情報については、こちらの記事を参照ください。

ルカニはずっと物足りないと思っていた。
もっとぐっときたり、ドキドキしたい。ずっとドキドキしていたい。ぐっとくることの果てしない連続を味わいたい、と。
でも、不意の情熱はそう長くは続かない。
めらっと情熱の炎が上がっても、たいていは不完全燃焼に終わってしまうし、そのくせ後始末に妙に時間がかかって気力を消耗したりして。
夜の散歩はいい。
そこに溶け込んでしまえるように思うから。
ペウレプとたまに途切れ途切れの思いつき会話を交わしながら、夜の街を歩いていく。
女は真っ赤な靴を履いている。
情熱の赤、なのだろうか。これからどうなる? これからどうする?
住宅地がふいに途切れて、その先はしばらく雑木林が続いている。
雑木林は黒く闇に沈んでいるのだけれど、その向こうには大きな郊外型霊園があるのだ。そのことを女に言おうとしてルカニはためらった。
そのまま進んでしまうと雑木林の向こうにはラブホがいくつかあるはずだ。
だから霊園のことは黙って、そのまま女のあとについて進んでいくことにした。
そう言えば、ラブホのうちのひとつはピリカという名だった。ピリカとはアイヌ語で「美しい」という意味。
しかしそのラブホはいつの間にか名前を変えてしまった。現在の名はマキシム。なんとSM趣味専用ラブホだ。ホームページはこちら
ラブホは改装と同時に名前も変えるけれど、ピリカからマキシム(しかもSMラブホ)とは何の連関性もなくて唐突すぎるな。
この女と入るなら、そのとなりのホテルY(ヤー)ホテルシエスタがいいだろう。そうだ、ここは所沢市松郷。映画『となりのトトロ』で主人公の女の子が「どこから来た」と聞かれて「松郷です」と答えるから、あの映画の想定したモデルはここらへんなのだ。さきほどの霊園裏の雑木林の道なんて、父親の帰りを待つバス停のモデルになった道なのかもしれない。
そもそも所沢市の「ところ」という地名は、北海道の網走の方にある「常呂(ところ)」とおなじアイヌ語由来の地名だという説もある。「川の流れが停滞して沼になっているところ」という意味だったかな。
ふふ、アイヌ語シンクロが揃ったようだ。
なんか、ドキドキしてきたな。